創立110周年記念企画 秩父鐡道110年の軌跡
第1回 草創期
〜鉄道敷設への第一歩〜
明治初頭、秩父地方は熊谷〜秩父間に道路が開設されてはいましたが、絹産業など莫大な資源があるにも関わらず、馬車業者が日本鉄道(現在のJR)の物資輸送を主に担う、交通上非常に不便な場所でした。
そこで大宮郷(現在の秩父市)の有力者、柿原竹三郎氏・柿原萬蔵氏らの間に軽便鉄道敷設の声が高まり、熊谷市・寄居町の有力者らと共に群馬県館林と秩父間に鉄道敷設の計画。時は明治26年、柿原萬蔵氏の提唱により、上武鉄道敷設の期成同盟会が結成されました。
上武鉄道申請時に提出した路線計画図
=上武鉄道申請時に提出した路線計画図=
しかし、館林方面には利根川・渡良瀬川の二つの大きな河川を渡らなくてはならなく、当時の技術では不可能とされ、熊谷から秩父への鉄道敷設を決行することとなり、明治32年11月8日、設立の登記を行いました。この日こそ、創立110周年を迎えるに至る記念すべき発祥の日なのです。
 
秩父鉄道の社紋
※現在も使われている秩父鉄道の社紋は「上」の文字を六つ並べ 「上武」をあらわし、この設立時に決まったものです。